止まっているのか、整ってきているのか

静かな時間が続くと、
自分が「止まっている」のか、
それとも
「整ってきている」のか、
わからなくなることがあります。

 

何かが足りない気もする。
でも、
何かを足す必要があるとも、
言い切れない。

冬の時間は、
そうした感覚の境目を
あいまいにします。

植物は、
足りないから動くわけでも、
準備が完璧に整ったから
動くわけでもありません。

ただ、
その時が来たから
芽を出します。

 

理由を説明することも、
意味づけすることもなく。

私たちはつい、
「なぜ動けないのか」
「何が足りないのか」を
考え続けてしまいますが、

自然の循環は、
もっと単純で、
同時にとても正確です。

——今、
自分は何を整えようと
しているのだろう。
それとも、
もう整えなくても
十分な段階に
入っているのだろうか。

そんな問いが
ふと立ち上がってくるなら、
それは停滞ではなく、
次の動きの手前にいる、
ということ
なのかもしれません。

 

冬の静けさは、
立ち止まらせるためではなく、
見方を変え、
一歩進むために
あるようにも思えます。

 

 

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